ファイト武録

月下
聖杯伝説 宝物み〜つけた! Since 2005
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カテゴリ: 瓢漂会

本気で打っていったら、本気でかかっていったら、目の前から消えた。気づくといつのまにか後ろに立っていた。なぜか床に寝かされていた。

武術では大げさに語られがち、こういった話はよく聞くことだけれど、よくよく考えてみれば、格闘技を習って上達していく過程では、当たり前に経験することだと思う、例えばボクシング、レスリング。

自分だってボクシングで、初めてのスパーリングは先輩の胸をかりるわけだけれど、まったく当たらないし、目の前から消える。消えたことも見えないし、気づけば目のまわりに星が煌いている、鼻からは赤く熱い液体が落ちる。

それが上達して、自分が先輩になると、まったく同じことを後輩にしている。自分の場合は特に打たれないことにこだわりがあったので、その辺のことは得意中の得意、実力者相手にもアンタッチャブルだった。

では今、自分がスパーリングなり、現役に挑戦したらどうなるだろう、と想像する。おそらく、初めてのスパーリングで味わった屈辱を、再び思い知らされることになるだろう。

何が重要か、目?勘?反射神経?たしかにどれもそうだが、足が最重要だ。

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瓢漂会
AF:無力化法
KV:崩し理論

上げ手において、人は親指がなければ抑えられないという、あまりに有名な言葉がある。

では実際にやってみた人がどれだけいるだろう。抑えるときに親指を残りの4本の指と同じ側によせて、抑えてみる。そして上げ手を受けてみる。

もし、やったことのある人なら、抑えることができないことは容易に分かる、そして、そこにはとてつもないヒントがある。抑えられない、つまり力が抜かれた感覚が分かる、力を抜かれた疑似体験ができるのです。

そして、「では、どうやったら親指があっても同じようにすることができるか」それを突き詰めれば、謎は、絡みあう謎の糸は一本ずつ解けていくのです。

どうやら、瓢漂会ですら、直接いくら物理原理を伝えたところで、なかなか難しいようです。誰もできるようにならない。だから、頭で理解するだけでは足りないのかも、そこに実体験を通して、そして自ら考えることで、この難しい技術を少しずつものにしていくことも必要なのかも知れません。

まだ試したことが無いなら、是非やってみてほしい。直に!

瓢漂会
AF:無力化法
KV:崩し理論

上げ手において肩の力を抜いておくことは鬼門だ。AF法でいくら相手の力を無効にしたところで、少しでも肩に力が入ろうものなら、まったく役に立たなくなってしまう。

準備段階で力が抜けていても助けにならない、上げようと思った瞬間、上げるアクションを起こすとき、いや、コンマ数秒前に起こる肩の筋肉の収縮は、即座に力の世界へと引き戻してくれる。

力が抜けた状態というのは、逆に言えば、力をいくらでも入れる余地があるわけだから、厄介だ。

そこで提案、力が入る余地を無くすには、肩にこれ以上力が入らないくらいに力を入れておくのはどうだろう。

そこで挑戦してもらった。すると驚くことにみんな手が上がる。もちろんそこにはAF法がわかっていることは大前提ではある。

ヨガとか、健康体操では、肩の力を抜くのに、いったん肩に力を入れて、引き上げて、ストンと落とすと指導されることが多い。あれだ。

ここで、ストンと落とさず思いっきり引き上げた肩を保って上げ手をおこなうのである。ある人が名づけた、

「ジャミラ」。

ぜひ挑戦してみて欲しい。

瓢漂会
AF:無力化法
KV:崩し理論

言葉による解説、物理な原理をいくら説明しても、と言ってもその物理はごく簡単な聞けば誰でもわかる理屈なのだから、それでも自分でやるとなると、どうして、なかなか難しいらしい。

やって示してはどうか、これはいつも稽古で何年も体感してもらっているから、感想を聞けば言葉で説明した物理の法則が実際に起きているのが良く分かると言ってくれる。

やはり力が、肩の力が抜けてこないと上げ手にならない。

うまく伝わるかわからないが、あえて説明するなら、この手の内による細かいテクニックは力の釣り合うところでいかんなく発揮される、太ももに手を乗せたところをいくら強く押さえつけたって、その力は床の抗力と完全に釣り合っているから、2人セットで観察すればゼロ。またいくら強く握り込んでも、その締め付ける力はこちらの小手を砕いてしまうことにはならないから、ここでも力は釣合いゼロ。その釣合いの中で、物理に従い新たな力が発生しない方向へ手を持っていく、その一つが手の骨格構造と重力から上方向。

ここで、こちらが自ら力を使って上げようものなら、抑える側にしてみれば、当て返せる力をわざわざくれるのだから、それを的に力で押し返すだけだ。作用・反作用の法則に他ならない、そこから外れることは不可能だ。力ゼロ近辺のところで十分に効果がある技術なのだから、それこそ数キロ、数十キロの力の世界では話が異なる。

そこで必要になるのがコツ。

ただ自分の手を上方に持っていくだけに徹してみてはどうか、相手のことはいったん完全に忘れて、相手の手を持ち上げると思わず。つまり自分の手を上に持っていく動作だけ行う。

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人の進化の歴史は地球レベルでみると新しい。2本足歩行の実現が手を開放し、そして脳を発達させた。そこには他の動物には見られないヒトにしか見ることのない特徴がいくつもあり、それらはそれまでの進化の方向から逸脱してしまったのかも知れない。

小手の合気には親指、崩しに踵です。

まず親指、ヒトの親指は残り4本指と向き合うことができるように進化してきました、物をつかむことができます。そして太くなった。

上げ手において、我の手を上げてゆくときその両手の指先は、普通、抑える相手両腕の内側を通って上がってゆくわけだから、相手の手の内の母指丘、虎口、親指に抵抗を受ける。これは関係上、構造上しかたのないことです。AF法がわかってからすぐの頃、今思えば相手の手の内の中、小指丘の膨らんだ筋肉のあたりを利用していました。

その後、上達するにつれ、母指丘の筋肉のところで力を抜いたり、虎口で抜いたり。そして親指そのものを無効化することに気づいたのはその後のことです。これがわかるまでは、上げてゆく過程でどうしても最後に親指の抵抗に力で勝つことになります。といっても親指一本、両手で二本が相手なので勝てるのですが、「まったく力は要らない」とは言い難い。ところが最初から親指に狙いを定めていれば、最後の砦を最初から奪っているので、力は要らないことが体感できます。そしてつくづく、小手の力抜きでは掴む力を抜いてしまうのだとわかります。

今では残り4本の指に掛けるやり方も見つかり、それらを組合わせると効果が高くなります。虎口と親指、母指丘と親指、中でも最強なのは4本指と親指、つまり全ての指なのです、今のところですが。

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瓢漂会では、否、わたし個人は、力の使い方にまったく興味がなかったし、研究しようと思ったこともなかった。もちろん仲間のみんなは興味があるはずだし、世の中の多くはそっちなのでしょう。むしろ徹底的に力学、物理からのアプローチにこだわる人いないのかも知れない、いたとしても、ごく少数派だろう。

そんなわけで力抜きの物理的証明もして次を見据えるところで、いま取り組むのは、崩しの力学的な解析、ここには人の骨格的な構造とか、人間の進化といった、力学、物理に留まらず、やはり科学を必要とするのではあります。

さて、わかった力抜き使って(AF)、崩し(KV)がそこそこできるようになって、相手を倒すところになると、受けた人の印象は、

「だるま落とし」のようにやられる、という感想をもらう。

たしかに思い返せば、相手の全体を動かすようなことをしてしまえば、力学でいうところの並進運動が起きてしまい、相手は足を運ぶことにより、倒れることには至らない(その辺のことは過去のブログに繰り返し書いてきた)。

それで、押そうとする部分だけを押せば、結果的に相手は崩れると、口にはして説明してはいたのです。それがなにか特殊な力の使い方とは思わないのですが、なかなかやろうとすると「難しい」ということになるらしい。

なぜそんなことが出来るのかは自分でもさっぱり分からない訳ですが、力学的には前述の通りそうしないといけない。

すこし、じっくりと掘り下げる必要があるかも知れない、と思い始めているところです。

また、人の反射、反応、意識といった領域にも踏み込んでいかなければならない。

やることは、まだまだ、山のようにあるのです。

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間接の働きを考えるうえで、回転モーメントを考慮することが大切なのは言うまでもない。

少し前、背泳ぎの記録に伸び悩む選手に、コーチは腰がやや落ちてしまっていると指摘していた。そしてその指導は、

「アゴを引けば、自然と腰が浮いてくる」

というものだった。

首回りのアゴを引く回転モーメントは、股関節を伸展する回転モーメントを起こすのだから、骨格の連携とは複雑で不思議だ。左側面から見て、アゴが半時計回りにまわる(引く)と骨盤は股関節を中心に半時計回りにまわる(立つ)。

では、とアゴを引いて座れば、腰掛ける姿勢は良くなる、歩けば腰が後方に置いていかれることなく、進んでいく。

逆に腰掛けた姿勢から猫背になると、アゴは前方に自然と突き出してくる。逆にアゴをゆるめて前に出せば、腰が引ける。

こういったことを考えて、瓢漂会で応用していくと、崩しに色々なアイデアがでてくる。

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小手の筋肉密度を高くすることにより上げ手の練習していると、その練習量に反比例するように、力はどんどん必要なくなっていくはずだ。

そして力を使わない、ということは思わぬことに気づかせてくれる。つまり、力を使っていては見えなかったものが見えてくる。手を上げていく過程で力が要らないと、力が入っていないだけに、相手の手の内の弱いところが分かってくるのです。

そうすると何が起こるか、何ができるか。

筋肉密度に頼らずとも、その相手の手の内の弱いところに自分の小手の向きや角度を合わせていけば良い。自分は力んでいないのだから、簡単にその向き、角度に自分の小手を調整していくことができる。また上がっていく過程でその弱いところも、つまり弱い方向、角度もダイナミックに変化していく。これは骨格と抑える位置や高さによるものだが、こちらはあくまで力を入れてないので自由自在に合わせてゆけば良いのです。

結果、朝顔の手さえ、要らなくなる。

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運動学にカウンタームーブメントというのがある。、個人的な理解ではあるが、ある方向に動こうとしたとき、バランスをとる、その反対の方向への動きが生じることだ。

上げ手の場合、抑えてくれている相手の手の内の中でこれが起こってしまうと、相手に抵抗する的を与えてしまうことになる。

具体的に自分の右(左)手を左(右)手で掴んでやってみて欲しい。

1 右手の指先から左手を上げようとするとき、左手の小指丘をがぶつかるとする、このとき左手の手の内で右小手が回転し、左親指と人差し指を押し下げる動きになる。

2 右手の指先から左手を上げようとするとき、右手の拇指丘または親指がぶつかるとする、左手の手の内で右小手は回転し、左人差し指を押し下げる動きになる。

こういったカウンタームーブメントが起きていては、よほど太い右小手の持ち主でない限り、左手の無力化はできない。瓢漂会のAF(無力化法)ができているかどうか、カウンタームーブメントの有無はひとつの判断基準となる。

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木を見て森を見ず、森を見る目、空から鳥のように。

サッカーの司令塔は鳥の目を持つ、フィールド全体を把握し、誰がどこにいるか、どこにポジションを取るか、どこから攻めるか、スペースは、試合をコントロールする。

体術でも同じく、鳥の目が欲しい。鳥の目で相手の弱点を見抜いてしまいたい、護身術だから、複数を想定するというのもある。

人の稽古を見ていてよくわかるというのはないだろうか。人の稽古を第三者として見ていると、ああ、こういうふうにするのか、ああすれば簡単にできるのに。少しばかりの距離があればよく分かる。それがいざ自分がやる段になると、たちまち視線は近くなり、見えるものも見えなくなる。自分の感覚頼りも、脳は都合よく感覚情報を書き換える。目に映る像は感覚よりも事実に近く、脳もウソをつきづらい。

鳥の目のように、森を見るように。

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