ファイト武録

月下
聖杯伝説 宝物み〜つけた! Since 2005
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カテゴリ:瓢漂会 > モド気

そのとき上げ手の稽古をしていたのはイタさんとだった、イタさんは力抜きの上げ手、それも手がくっついてしまう、という不思議な上げ手を始めて見せてくれた。それがもう一年半近く前のことだ。

近くからボイスさんがスーパー3さんに上げ手のアドバイスをしている、その何気ないいつもの風景のいつもの言葉のなかから何かが響いてくる、そこに集中力が引きつけられる。

瓢漂会では3時間の稽古の合気上げの稽古に始まり合気揚げの稽古で終わる、このパターンになって、その一年半近くだ。

その日の2時間前の稽古始めの上げ手、やはりボイスさんが同じようなことを言っていて、スーパー3さんがそれをそのまま実践して見せてくれていた。それらの言葉がなぜだか、ひっかっかる、妙にひっかかり、私の集中力を引きつけていた。その見事な上げ手に見惚れ、ある一点にフォーカスされる。

その後2時間立ちの稽古をしつつ、私の集中力の一部はそのことから離れることができずにいた、そのせいか、いつもに増して稽古の順番を忘れてしまうことを繰り返していた。

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残された疑問のひとつの大きなものに、「鍛えていないとできない」なる言葉がありました。

力と技術は相反することに思えてなりませんでした、強大な力を得ることができたなら、多少下手な技術であったとしても、勝利を得ることができる。また一方、技術を究めれば極めるほど、力は要らなくなる。

徹底的に技術に特化してたどりついた合気メデス、その数式を眺めていても、力は限りなくゼロに近づけることが、理論上はできます。

しかし実際はなかなか理論通りにいかない、そこを補う上で鍛える、ということが必要なのだろうか。

ただ、相手にやられないため、自分を要塞のようにするのだろうか。

それが最近、合気揚げを追及するにあったって思わぬ方向に。

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今の座捕り上げ手の技術が、例えば腕相撲に応用できるか、という話をした。
そのとき、しばし考え込んでしまって、どうやって使えばよいか、そもそも腕撲に適用可能か、とその後2〜3思いをめぐらせることとなりました。

これはとっておきの良い機会となりました。
結論から言うと腕相撲には使えないです。(もしかしたら、将来そういったことができる方法がひらめく可能性は残りますが。)
よくよく考えたらこれは、我々の技術が腕相撲に使えないのはたり前のことでした、、あらためてその根本原理を見直すことができました。

そして気づいたのです。上げ手の原理を、他の座り捕りを含むすべての技に厳密に再現していなかった!ということを。それに近いことはしていた、もしくは一部実行していたのですが、忠実にそれ順に従っていたわけではありませんでした。

なぜ相手の力を使えなくすることができるのか…
そしてすべては座捕りのげ手にあったことを…

原理を追求する。
どうしても方法にこだわりがちだが、求めるは原理。

今思い当たるところでざっと、

原理:作用・反作用、骨格、筋力、力の源泉、距離、角度、力のモーメント、PPR…

方法:テコ、抜き、体捌き、足捌き、入り身、刺激、反射、反動トルク…

よくよく注意しなければいけないと思う。

「回転椅子に座って、上半身を右へ捻ると、椅子が反対に回ろうとする。これが反動トルク。」
反動トルク

ヘリコプターは反動トルクを制御するために、しっぽに小さなプロペラがついています。でないと、機体が回転してしまう。
プロペラ飛行機の左右のプロペラや船のスクリューも2機にして、お互いを逆方向に回して反動トルクを打ち消したり、
バイクのウイリィもこれを利用しているのだそうです。

さて、柔術でやや遠い間にあるときテコを利用して動くのは一考と思います。特に第2のテコであればリスクも小さいかと。しかし、それはそれで重要でしょうが、テコに目を奪われてしまいまうのではなく、実は注目すべきは反動トルクなんではないか…
反動トルクがもたらす力や力のモーメント、エネルギーを利用とするのではありません。そんな僅かな力では使い物にならないでしょう。
私のバイブル的資料によりますと、反動トルクでも人にある種の変化を誘発するのだそうです。

ある種の変化、PPR…

その変化、結局は現象・事象です。「皮膚のうちの筋肉の働きのひとつ」、それを利用する(ん〜無理あるかなぁ…)
そしてその必要条件は、人間の意図・意志・気持ちに深く関わること。

それでは、武術的な意味は?答えは以前「ヨチヨチ〜」シリーズで記しました。ピンときましたか、興味のある方は読み返してみてください。

運用していくには、いわばハードにあたる部分ですが、それらは「肩の力を抜く」だとか「相手の力に逆らわない」、「倒そうとしない」なぜなのかはよく判りませんが、そういったことができてこないと、そういった体ができてこないととても繊細で難儀を極めるのは間違いのないようです。

今はただ、間違いや失敗を恐れず、失敗に学ぶことに進む道を見出しています。そしてそれが最も効率良いことを経験から学びました。

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